今回は、いつもの肩の力を抜いた話ではなく、少しばかり堅い話をさせていただきます。

先日(2026年8月31日付)の読売新聞・朝刊1面の名物コラム「地球を読む」に、非常に深く考えさせられる論考が掲載されていました。筆者は大阪大学名誉教授の猪木武徳氏で、タイトルは「AIと人間」です。

日頃からAIに触れ、その可能性と同時に怖さも実感している小生にとって、まさに喉元に刃を突きつけられたような思いがする内容でした。

まずはその要約からご紹介しますね。

■ 記事の要約:『順応一辺倒でよいのか――AIと人間』(猪木武徳氏)
AIの急速な進化をめぐっては、「仕事の大半が代替される」という過大評価と、「アナログ時計も正確に読めない」といった懐疑論が交錯しています。しかし共通しているのは、教育や法制度が技術の急速な進展に全く追いついていないという点です。

猪木氏は、米スタンフォード大学HAI(人間中心AI)研究所の『AIインデックス・レポート(2026年版)』と、ローマ教皇レオ14世が発表した回勅『マニフィカ・フマニタス(AI時代における人間の人格の保護について)』の2つの重要文書を引きながら、現代のAI狂騒曲に警鐘を鳴らしています。

技術的・環境的現実(スタンフォード大レポートより)

生成AIの社会浸透スピードはPCやインターネットの比ではなく、米国の大学生の8割が利用。

最先端のAIデータセンターは原子力発電所1基分に相当する電力を消費し、環境負荷が極めて大きい。また半導体供給網の脆弱性も深刻。

過去データの推論・処理は驚異的だが、予測困難な現実状況への対応力は乏しく、自ら自由に考えて判断する「責任ある技術」とは言えない。

倫理的・人間的本質(ローマ教皇の回勅より)

技術それ自体は悪ではないが、開発し利用するのは人間であり、決して中立ではいられない。

AIには人間の経験・価値観・感情・良心が欠けており、人間の知性に代わって責任を背負うことはできない。したがって「AIが人間の上位に立つ事態」は絶対に避けるべきである。

効率性ばかりが絶対的な価値基準になれば、労働における人間同士の繋がりや尊厳が損なわれる。

猪木氏は結びとして、「AIというバスに『乗り遅れるな』とばかりに順応一辺倒になり、肝心なバスの行き先を問うのを忘れてはならない」と強く訴えています。

■ 折乃笠コメント
この記事を読んで、胸の奥を強く突かれたような感覚を覚えました。

いま世の中は「AIを使えなければ時代に取り残される」「業務を効率化して生産性を上げろ」の大合唱です。小生自身、日々の暮らしや地域活動、さまざまな情報発信のなかでAIの便利さを骨の髄まで実感していますし、その恩恵には大いに助けられています。

しかし、猪木先生が指摘された「バスの行き先を問うのを忘れてはならない」という言葉には、ハッとさせられます。

AIは、過去の膨大なデータを整理し、瞬時に答えらしいものを出してくれます。でも、そこで「血の通った温もり」や「痛みを分かち合う心」、そして「結果に対して腹をくくる覚悟(責任)」はあるのか。ないでしょうね。

効率性やスピードばかりを追い求めて「順応」を急ぐあまり、人と人が顔を合わせて汗を流す意味や、不器用でも相手を思いやる関係性といった、人間にとって一番大切な手触り感を自分から手放してしまっては本末転倒です。

AIはどこまでいっても、人間がより豊かに、より良く生きるための「道具」であり、ハンドルを握るのはあくまで人間です。

「このバスは、私たちを本当に幸せな場所に運んでくれるのか?」
「便利さと引き換えに、大切な人間の尊厳を差し出してはいないか?」

技術の波にただ流されるのではなく、立ち止まって行き先を見据える確かな目を持ち続けたいですね。

小生はやっぱAI時代になればなるほど、人間にとってより大事なものは、思いやりや利他の心という人間にしか持てない感情ではないかと思っています。

 

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