先日、小生は地元大月東中学校の生徒、先生方、そして保護者の皆様が参加された「愛町作業」という地域清掃活動に立ち会いました。浅利地区の公民館長としてお話しさせていただきました。

「本日は大月東中学校の愛町作業の一環で、この浅利地区のゴミ拾いをしていただきありがとうございます。お陰様で、この地区はどこでも綺麗なお花が咲いていて、道にはほとんどごみが落ちていません。ところが残念なことに、この先に道の横の竹やぶには、空き缶や弁当の入れ物、中には生活ごみなどが投げ捨てられています。地域の人が時々ゴミ拾いをしていますが、また捨てられてしまうのです。捨てる人にはそれなりの理由があるかもしれませんが、やはりルールは守らなければいけないと思います。皆さんには、そのことをゴミ拾いをしながら考えてもらいたいと思います。」
この言葉は、美しい故郷を次世代に繋ぎたいと願う小生自身の切実な思いから出たものです。
現実から目を背けないことの重要性
正直なところ、未来を担う中学生たちに、このような道徳心に欠ける現実を見せたくはありませんでした。彼らには、明るく希望に満ちた未来だけを見つめてほしい。しかし、これが小生の住む地域の現実であり、目を背けるわけにはいきません。
清掃活動の当日、生徒たちは真剣にゴミと向き合ってくれました。彼らの手によって、道路脇の小さなゴミから、草の奥に隠された大量の不法投棄物まで、多くのゴミが回収されていきました。その姿を見ながら、小生は改めて「教育」の重要性を痛感しました。学校で学ぶ道徳の時間は、単なる知識の習得ではありません。それは、小生たちが社会の一員としてどのように行動すべきかを考え、実践するための羅針盤となるべきものです。
なぜゴミは捨てられるのか?
ゴミのポイ捨ては、単に「いけないこと」で片付けられる問題ではありません。そこには、個人のモラル、社会全体の規範意識、そして環境への配慮といった、様々な要素が複雑に絡み合っています。
捨ててしまう人には、それぞれ理由があるのかもしれません。ほんの少しの面倒くささ、誰かに見られていないという油断、あるいは「このくらいなら大丈夫だろう」という安易な考え。しかし、その小さな「このくらい」が積み重なることで、小生たちの住む環境は少しずつ、しかし確実に汚染されていきます。
小生たちが学んできた道徳の教え、例えば「公共の場をきれいに保つこと」「他者に迷惑をかけないこと」「ものを大切にすること」といった基本的なルールは、社会生活を円滑に進める上で不可欠なものです。それらは、人間としてあるべき姿を示し、小生一人ひとりが責任を持って行動するための指針を与えてくれます。
道徳が教えてくれる「正しい行動」
今回のゴミ拾いを通して、小生が中学生たちに一番伝えたかったのは、まさにこの点です。学校で道徳を学ぶ意義は、知識として知っているだけでなく、それを実際の行動に移すことにあります。
ルールを守る意識:ゴミを決められた場所に捨てる、ポイ捨てをしないというルールは、社会の一員としての最低限の義務です。
公共心を育む:自分だけの空間ではない、みんなで使う場所を大切にする心。
未来への責任:豊かな自然や美しい景観を、次の世代へと受け継いでいく責任。
これらはすべて、道徳の授業で繰り返し教えられてきたことです。しかし、残念ながら大人がその手本を示しきれていない現状がある。だからこそ、若い世代には、小生たち大人の不手際をも乗り越え、自らが率先して正しい行動をとる人になってほしいと願わずにはいられません。
自分が出したゴミは持ち帰る:これが最も基本的なルールです。
ゴミを見つけたら拾う:小さな行動かもしれませんが、その積み重ねが地域をきれいにします。
周りの人にも声をかける:ポイ捨てを見かけたら、毅然とした態度で注意することも大切です。
今回の「愛町作業」は、単なるゴミ拾いにとどまらず、小生自身の道徳心と公共心を見つめ直す貴重な機会となりました。子供たちには、学校で学んだ道徳の教えを胸に、常に正しい行動を選択できる大人になってほしい。そして、小生たち大人もまた、彼らの手本となれるよう、日々努力していかなければならないと強く感じています。
皆さんは、この状況をどう思われますか?
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日本人のゴミ拾いは、世界的に注目される行動の一つであり、特にスポーツイベントなどでその姿が称賛されています。例えば FIFAワールドカップでは、日本人サポーターが試合後にスタジアムのゴミを拾う姿が話題になり、海外メディアから高く評価されています。
しかし、国内を見渡してみるとゴミ問題は大きな課題となっていると思います。特に竹やぶなど隙間地帯(社会の意識の隙間)へのゴミの投棄は多いように思います。
「愛町作業」の活動は、未来を担う中学生たちが、その隙間に気づき拾い集めることで、ここで暮らすことの意味を掘り起こし、地域に新しい価値が生まれると思います。
私も彼らの手本となれるよう、ゴミに気が付いたら拾うように心掛けたいと思います。