昨日は、大月市の自宅から少し足を延ばしまして、笛吹市に位置する山梨県立博物館へと行って参りました。
現在開催されております開館20周年記念特別展「山梨の禅宗文化」を拝見するためです。

ポイントは、「なぜ山梨が禅の聖地なのか?」
この問いに、小生も展示を拝見するまでは、山梨と禅の結びつきをそれほど深くは捉えておりませんでした。
しかし、会場に一歩足を踏み入れれば、そこには教科書では教わらない、中世甲斐の国の鮮やかで知的な横顔が広がっておりました。
鎌倉時代から室町時代にかけて、山梨は決して「地方の寒村」などではありませんでした。むしろ、日本における禅宗文化の「スーパースター」たちが集い、最先端の思想を磨き上げた知的なハブ(拠点)であったのです 。鎌倉時代に来甲した高僧・蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)をはじめ、室町幕府の足利将軍家から絶大な信頼を寄せられた夢窓疎石(むそうそせき)など、日本仏教史上、極めて重要な人物たちがこの地を活動の場として選びました 。当時の山梨は、京都や鎌倉に引けを取らない、あるいはそれらと直結した最高峰の文化圏であったという事実に、小生は深い感銘を覚えました。夢窓疎石とその弟子たちが築いた宗教的・文化的基盤は、単なる信仰を超えて、甲斐の国のアイデンティティとなっていったのです。
さらに小生の興味を惹いたのは、山梨を象徴する武田氏と禅との密月関係です。武田信虎や信玄といった歴代の当主たちが、なぜあれほどまでに禅を必要としたのか。その理由は、戦国という過酷な時代背景にありました。生死の境に立つ武士にとって、心を研ぎ澄まし、雑念を払う禅の教えは、生存のための必須科目だったのです。しかし、本展が描き出すのは、勇猛果敢な姿だけではありません。信玄公の弟・武田信廉(のぶかど)の手による「武田信虎像」や、信玄公自筆の書状からは、彼らの驚くほど高い教養と、静謐な美意識が滲み出ておりました。戦国最強と謳われた武田軍団の力強さの裏には、禅によって磨かれた、極めて洗練された知性が隠されていたのです。
[禅とは、ただ壁に向かって座るだけの修行ではありません。それは、絵画、彫刻、和歌、水墨画といった洗練された芸術文化――「文雅(ぶんが)」を育む土壌でもありました 。小生が訪れた日は、後期展示の期間中であり、重要文化財である「蘭渓道隆像」や「武田信虎像」をじっくりと鑑賞することができました。厳しい修行の果てに到達した、繊細で豊かな芸術の世界。それは、効率を求める現代に生きる小生にとっても、深い癒やしとインスピレーションを与えてくれるものでした 。
小生自身、日々の活動の中で自分自身の内面と向き合う「静寂」を忘れがちになっていることに気づかされました。
今回の展示は、単なる美術鑑賞にとどまらず、自分自身の中に眠る「静寂」を見つけ出すための、贅沢な対話の時間となりました。
あ~あ! 日本人に生まれて良かった!
歴史はロマンだ!
そして、展示を一通り拝見した後、小生の師匠である恵林寺住職・古川周賢老大師の御講演を拝聴することになります。
詳細は次のブログで報告します。お楽しみに!
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