暦の上では春とはいえ、ここ大月の風はまだ肌を刺すように冷たいです。
小生、日々の過密スケジュールの毎日を送っておりますが、本日は絶対に譲れない行事がありました。
地元の誇りであり、心の拠り所でもある「浅利与一地蔵尊」の節分祭があります。

源平合戦、壇之浦の戦いにおいて「遠矢の誉れ」を得た弓の名手、浅利与一義成。那須与一と並び称されるこの甲斐の英雄は、ここ浅利の地で静かに眠り、そして地蔵尊として地域を見守り続けています。
祭典は、厳かな空気の中、浅利区長の心温まる御挨拶によって幕を開けました。地元寺院のお坊様による読経が朗々と響き渡り、紫煙とともに供養が営まれます。
さて、ここで少しばかり能書きを垂れさせていただきます。なぜ、我々はこうして集い、祈るのか。 この「浅利与一地蔵の節分祭」という行事は、単なるイベントではありません。そこには、三つの重要な要素が複雑かつ見事に融合していると言います。
第一に、「歴史的・伝説的背景」です。 伝説上の弓の名手である浅利与一の勇猛果敢な名声と、その荒ぶる魂が、慈悲深い「地蔵」として祀られるという、武と仏の習合。ここには、強さとは優しさであるという日本人の精神性が宿っているそうです。
第二に、「節分という風習」です。 季節の変わり目には邪気が入り込むとされ、それを払う日本古来の行事。我々はこの儀式を通じ、自然のサイクルと己のバイオリズムを再調整しているとのことです。
そして第三に、「地域の共同体意識」です。 江戸時代以降、この地域の住民たちは、伝統と信仰を共有財産として守り抜いてきました。祭りは、過去から未来へとバトンを繋ぐ、地域コミュニティの「絆」そのものなのです。
地域ごとに伝承や祭りの内容には若干の違いが見られるものですが、ここ浅利においては、これらの歴史的・民俗学的要素が強固な根を張り、見事な大樹となって花開いているということです。
今年も、年男と年女による威勢の良い豆まきが行われ、さらには大月弓道連盟による演武が奉納されました。与一公の前で引かれる弓。弦音(つるね)が「パンッ」と空気を切り裂く瞬間、あたかも数百年の時を超え、壇之浦の波音が聞こえたようでした。


……とまあ、うっせい能書きはこの辺にしておきましょう。
ここからが、小生にとっての「本番」、皆様お待ちかねの直会(なおらい)であります。
やはり、近所の皆様と膝を突き合わせての交流は良いものです。肩肘張らず、笑顔で杯を交わす。これぞ人生の醍醐味。
そして、何と言っても特筆すべきは、地元が誇る「松野屋さん」のおでんです。 これがもう、超最高。 大根には出汁が芯まで染み込み、口に入れた瞬間にジュワッと旨味が溢れ出す。練り物のプリプリとした食感、優しくも力強いつゆの味わい。そこへ、絶妙な塩の「おしんこ」を一枚。ポリッという小気味よい音とともに、口の中がリセットされ、またおでんへと箸が伸びます。

現在、心地よいほろ酔い気分でこのブログを書いています。
さて、明日からまた過密スケジュールが待っていますが、与一公のパワーと松野屋さんのおでんパワーを胸に、全力で頑張ります!
皆様にも、そしてこの愛すべき浅利の地にも、多くの福が訪れますように。
福は内、鬼は外!
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与一公の弦音の「パンッ」と松野屋さんのおでんの湯気が、同じ空気の中で静かに混ざり合う…そんな “節分祭” を味わわせていただきました。
武と仏、歴史と日常、祈りとほろ酔いは、どれも別々のようでいて、浅利では一本の太い根でつながっているんですね! 最後の集合写真が物語っていますよ。