10月7日、大月歴史研究会・小山田信茂公顕彰会の役員メンバー5名で
初狩・笹子地区史跡巡りを実施しました。

これは顕彰会の年間行事の前の下見になります。
本番は12月2日土曜予定。

コース
富士急バスで大月駅から笹子の原入口停下車、徒歩で史跡巡り、笹子黒野田本陣見学。
旧甲州街道脇空き地で昼食。
午後は矢立の杉と三寸道へ 復路は矢立の杉から新田バス停へ、バスでいなだやへ。
名物なんこつ焼、マグロの刺身、たこの唐揚げ、鳥の肝で大きく一杯。

さて、朝、子供の遠足の如く、興奮して4時起き。

ツイッター、ブログ、メールの定例作業を早めに切り上げ、本ブログの執筆実施。

夜は酔っぱらって帰ってくるためできるだけの準備は終えておきたい。
よって.今日は朝ブログを書いた通りの行動が必要です(笑)。

家内にお弁当を作ってもらって、更に8時、駅まで送ってもらう。
駅には既にメンバーが来ていて.ニヤニヤ笑っていました。

そしてバスに乗り、笹子の原地区へ。

笹子はいつも車で行っています(笹一酒造)が、バスで行くのは初めて。
子供の遠足の如く、ルンルン気分。良いおじさんたちが騒いでいます。

約30分のバス移動も終わり、笹子の原地区へ。
国道20号線を外れて旧甲州街道へ。

ここで真面目に史跡巡り
1.立石坂の立石

今は、建設会社、石井工業の敷地を西に進むと、若干甲州街道の道跡が
残っている坂があり坂を上り詰めた土手に、大きな御影石が一基立っている。
これが伝説の中の立石である。
この口上を述べると、昔、笹子峠を越えて長途の旅をしてきた山姥の二本の杖の
一本が折れたのを、この坂に立てた杖が石に変化し石の高さ、八尺七寸、
下幅三尺、上幅二尺六寸、厚さ九寸でこの石には台石がない。

2.葦ヶ池の石碑

娘よしは男共の憧憬の的なりしが、隅々京都より僧行のための修行僧、
若き搢挺(しんてい)なる僧に想いを致せしが其の意の通ぜざるを悲しみ
失意の果てにこの池に投身す、よしの霊は毒蛇と化身し、近隣人々
又旅人を恐怖に落とし入れたと伝える。

3.親鸞聖人念仏供養塚

原吉久保稲村神社前道路隔てた所に葦ヶ池にまつわる、毒蛇済度の供養塔の
旧跡がある。
1225年代、浄土真宗の開祖、親鸞上人が、等々力の精舎に参詣の折、吉久保の
地頭、小俣左衛門尉重澄に「よし」の物語の後に懇願され、葦ヶ池の毒蛇化身成仏
のため、名号石の投入に依って、毒蛇は成仏退散せしめた。

4.稲村神社

吉久保稲村境内にある、此の道祖神は山梨県でも希に見る、男根、女陰を
形取った両体自然石道祖神である。
往古より人間創造の神として、昔人の心願を集めて来たものではないか。

ここで国道20号線に戻り笹子駅方面に向かいます。

やっとあたたかくなって気分も上場。

と思いきや大好きな笹一酒造到着。
危ない、危ない、会長が試飲コーナーに向かっている。
こっちへ来いと呼んでいる。
気が付いたらいっしょに日本酒を試飲していました。
会長、うめ~と一言の後、昼飯用のワンカップ笹一(大吟醸)買っていました。
たぶん、もう少しここにいたら飲み始めてしまい、今日はここまでになっていたでしょう(笑)。

5.黒野田宿 本陣

今もなお現役の本陣が残る宿場町
江戸方面から見て阿弥陀海道宿の次の宿場で、東側の白野宿、阿弥陀海道宿と
共に1か月の宿継の業務を交代して担う「合宿(あいしゅく)」でした。
そのなかで黒野田宿は、1~15日を担当しており、本陣1軒に脇本陣1軒、
旅籠は14軒と3宿の中では比較的大きな宿場町でした。
笹子峠を越えるにあたって最後の宿場であったため、旅籠の数も多く、
賑わっていたと言われています。
現存する黒野田宿本陣には、門構えや出桁造り(だしげたづくり)から、
昔の面影がみられます。また、明治天皇行幸の際には、休憩所や宿泊所として使用されました。
現在は民泊としての利用が可能です。
女御主人に本陣中を案内していただきました。

6.天野宮内左衛門景信公館跡

JR笹子駅の南、線路沿いの林道を400mほど登ったところに小さな稲荷社が
祀られる平場があります。
地元の伝承では天野宮内左衛門景信の屋敷跡とされ別名を黒野田御蔵屋敷
ともいいます。
笹子峠が近いことから関所または見張り場のような施設があった可能性も
ありそうです。

7.普明院

こちらのお寺は天正4年(1576)頃に遠州犬居城主・天野景貫の子景信が開基し、
桂林寺を退隠した笠元道大和尚が開山したとの寺伝である。
遠州に復帰を望んでいたが、天正10年(1582)の織田信長の甲州攻めにより天野親子は
この地を離れ北条家に仕えたとの記録がある。

ここから甲州街道旧道に左折し笹子峠方面へ

さて、ここでお弁当をいただきます。
よく歩いたので腹減った~。
美味い~。おかあちゃん、ありがと。
おっと、会長は座るや否やワンカップ笹一(大吟醸)を飲んでいます。
おめえも早く飲めとせっついています。
あっという間に飲んでしまいました。
後はいなだやでお楽しみ~。

8.笹子の三寸道
甲州街道ができる前の戦国時代に大月と国中を結ぶ道があり、この道は地元の住民が
使う生活道で道幅が3~4寸しかなかったことから「笹子の3寸道」と呼ばれ馬も
通れ無かったと言われています。
現在も一部残っており当時の人達が苦労して峠を越えたことが偲ばれます。

9.矢立の杉

戦国時代、合戦に赴く武士がこの杉に矢を射立て戦勝を祈願したと伝えられる、
樹齢1000年とも言われる杉の巨木です。
甲斐国誌や甲斐叢記などの古書にも記され、葛飾北斎や二代目歌川広重など
の絵にも描かれており、古くから有名な木と知られております。
近くには歌手の杉良太郎氏が寄贈した「身代わり両面地蔵菩薩」や
「矢立ての杉」の歌碑、ゼンマイ式音声ガイドもあります。

ここから来た道を戻ってバス停へ。
やばい、帰りのバスの時間ギリギリだ。
小走りで歩く。

バス出発3分前に新田バス停到着。

いやあ、史跡巡りましたな。
ちょいとくたびれモードでバスの中。

そして、今日もメインイベントのいなだやへ。

すっかりお友達モードになったマスターがお出迎え。

なんこつ焼き、たこの唐揚げ、鳥の肝焼き、もつ煮込みと生ビールで乾杯!

生き返った!

その後、日本酒の熱燗、何本飲んだだろう?
会長、小生ベロベロ!

たいへん良いお酒でござんした。

そして、今宵は更けていきましたとさ。

 

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