7月4日の土曜日、山梨県甲州市塩山にある名刹・恵林寺へと足を運び、禅の修行に励んでまいりました。
暁の出発と、俗世を離れる三つの門
この日の小生の朝は、午前3時55分の起床から始まりました。実に爽やかなモーニングであります。
自宅で少しばかりの朝活を行い、心と体を静かに整えてから、午前4時45分出発。
中央高速を軽快に走り抜け、午前5時30分には早くも恵林寺の総門へと到着いたしました。
前回の訪問は超久々でしたが、今回はわずか2週間ぶりの再訪です。
今回は朝6時からの早朝坐禅に身を置くだけでなく、静まり返った参道をゆっくりと歩き、美しい庭園で物思いにふけり、老大師様の講話をじっくりと頭の中で反復するという、まさに「これぞ禅の修行」という贅沢な時間を過ごすことが目的でした。
早朝の境内は人影はなく、凛とした空気が満ちています。
小生は、恵林寺が誇る三つの門を順に丁寧にくぐっていきました。
黒門(総門):お寺の入り口に佇む、文字通り黒い色をした門です。この門をくぐると、私たちが生きる俗世(普段の生活)から、一歩「悟りの世界」へと入ると言われています。
四脚門:徳川家康によって再建された、国の重要文化財です。4本の柱を持つ特徴的な造りをしており、実に見事のひと言。立派で美しい佇まいに圧倒されます。
三門:涅槃(ねはん:仏様の悟りの境地)に入るための3つの教えを表す門です。かつて織田信長の手によって焼き払われた際、快川国師が「心頭滅却すれば火も自ずから涼し」の漢詩を詠んで壮絶な最期を遂げられた、歴史の重みを今に伝える場所でもあります。
早朝の静けさの中、これら三つの門をひとつずつくぐり抜けるたびに、小生の心が一段ずつ、じんわりと浄化されていくような不思議な感覚を覚えました。
坐禅、そして老大師様の驚くべき講話
厳かな心持ちのまま本堂へと入り、3回の坐禅に臨みました。
調身(姿勢を整え)、調息(呼吸を整え)、調心(心を整える)。
今回もあらかじめ自分の中で「3つの議題」を決めて臨みました。
日頃の喧騒の中ではどうしても流されてしまう、普段あまり深く考えない事柄について、しっかりと自らの内面と対話する貴重な時間となりました。
坐禅を終えた後は、老大師様の講話です。
そのお話の内容に、小生は思わずハッとさせられ、まるで自分の心の中をすべて見透かされているのではないかと驚愕いたしました。
「足もとを見ながら歩きすぎると自分の行く先を見失ってしまう。先を見ながら歩きすぎると自分を見失う」
実に深いお言葉であります。
実は、このとき小生が頭の中で巡らせていた議題のひとつが、「AIが広げた情報世界の中で、禅は『本当に大切なものへ戻る力』になるのではないか」ということだったからです。
現代のテクノロジーの進化や地域の未来という「先」を見据えるあまり、自分自身という足もとを見失ってはならない。まさに今の小生に必要な戒めでありました。
庭園での静寂、そしてバランスの取れた一日
講話の後は、綺麗に整えられた恵林寺の名勝庭園へ。
ベンチに腰掛け、ただひたすらに1時間の静寂に身を浸しました。
周囲の緑と静けさに包まれているうちに、心の中がさらに洗い流され、最後にはすうっと「空っぽ」になっていくようでした。
何も考えない、何にも囚われない時間。
これこそが、禅の修行の本質なのだなと、身を以て深く納得した次第です。
修行を終えた帰路は、勝沼の広大なブドウ畑の中を、車でさっそうと駆け抜ける爽快なドライブとなりました。
しかし、小生の土曜日はここでは終わりません。
地元へ戻ってからは「チョコザップ」に立ち寄ってしっかりと身体をほぐし、帰宅後は溜まっていた様々なタスクをテンポよく消化。
そして夕方からは八王子へと移動し、久しぶりに集まる「真の友人たち」との賑やかな飲み会に参加してまいりました。
早朝の静寂なる精神修行から始まり、日中の自己研鑽とタスク消化、そして夜の楽しい社交まで。心と体、そして頭をフルに使い分けた、実に良い感じでバランスの取れた素晴らしい一日となりました。

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