”人間らしく生きる”ために、先ず自身に必要なことは、自身の
”心””体””頭”を鍛えることと”人”を知ることだと思っています。

”人”を知ることは、本当に素晴らしいことだと思います。

是非、皆さんにも知っていただきたく、このシリーズを設定致しました。

今回の人を知るって素晴らしいは、弥七です。

実は弥七とは、小生の高専3年生~5年生の担任のあだ名です。
水戸黄門に出てくる”風車の弥七”に顔が似ているのです。
ただし、本物の弥七の様なクールでかっこ良くはなく、庶民的な
あたたかい只のおじさんです。
と言っても鋳造工学研究室の教授ですが。

今回、たいへんお世話になった先生に向って、弥七!と呼び捨てにするのは
たいへん失礼なのですが、それ程親しみがあって懐かしい先生なので
あえてそう呼ばせて下さい。

さて、我ら航空原動機工学科は、自由気ままのお笑いクラスでとても人情味のある
あたたかいクラスでした。

これは、担任の弥七のお人柄のお陰ではなかったかと今改めて思います。

TAMストリップネクタイ事件やⅠCH授業中特大おならで先生(弥七ではない)激怒事件、
その他数えきれない程いろいろな事件がありましたが、いつも弥七は笑っていました。

今、なんとなく怒られたことを覚えていることは、※鋳造工学の実習中に
ⅠCHと鋳造用の特殊な砂で団子をいくつも作り、何らかの方法で硬くして、
一方を上から落として硬さ勝負をして遊んでいた時、本気で怒られたような・・・。
※特殊な砂で型を作り熱で溶かした鉄やアルミニウムを流し込んで
 冷却して製品を作る工法。

弥七の御自宅は北鎌倉の風情のある高台にあって、当時皆で遊びに行っています。
さすがにその時は、弥七とお酒は飲んでいなかったと思いますが・・・。
たぶん帰りの電車の中では宴会騒ぎだったのではないでしょうか。

実は3年前、全学年5クラスの合同同窓会があって、数十年ぶりに
弥七にお会い致しました。
だいぶおじいさんになっていましたが、当時と変わらない味のある
お顔と御性格でした。
それだけで、何か、昔の楽しかった高専時代に帰った様なあたたかい
気持ちになれました。

弥七は御高齢にもかかわらず、2次会にも参加してくれて、結構飲みっぷりも良く、
気を良くした小生は、近い内に大月笹一酒造のにごり酒を持って遊びに行く約束を
してしまいました。

もちろん、その後直ぐに4人のクラスメートと北鎌倉の弥七の御自宅を訪問、
持参したにごり酒を含む全お酒を飲んできてしまいました。
小生、その時、目を細めてうれしそうな弥七の顔が今でも忘れられません。

その後、噂で老人施設に入られたとお聞きしました。

もう少し、先生孝行をしておけばよかったなあ。

一昨年の11月、小生の第一弾エッセイ本を御自宅に送ったのですが、
お手元に届いているでしょうか?
せめて、表紙だけでも見ていてくれたら・・・。

最後になりますが、コロナが落ち着いたら、ⅠCHやTAM達とにごり酒を飲みながら
弥七の思い出話をしたいと思っています。

先生!いや 弥七! いつまでもお元気でいて下さいね。

風車が元気に廻っていますよ。

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