下記の会話は、半分フィクションですが、今後のフィジカルAIについて真剣に考えています。
登場人物のキャラクターにも注目下さい。
どこの分野でもこのような会話はされていますね。
それではどうぞ!
山あいにある、従業員二人の「鋼田製作所」。午後の工場に、溶接の火花が散っている。

鋼田鉄平(てっぺい)
「……よし。ビードの顔がそろった。機械は嘘をつかんが、材料はときどき機嫌を損ねる。そこが面白いんだ」
鋼田湊(みなと)
「父さん、朝からずっとその調子。取引先への見積もり、まだ見てないでしょう」
鉄平
「おう。わしは鋼田鉄平、六十二歳。溶接歴五十年、火花の色で材料のご機嫌を読む男だ。頑固と言われるが、新しい物は嫌いじゃない。昨日もスマホで孫の犬を踊らせた」
湊
「それ、AI活用というより犬の動画編集です。僕は息子の湊、三十歳。図面、見積もり、段取りを少しでも楽にするために、AIを使って工場を変えたいと思っています」
鉄平
「ただし、“わしの腕をロボットに渡せ”と言われたら、話は別だぞ」
そこへ、白衣の上に作業着を羽織った男性が入ってくる。
天城慧一(あまぎ・けいいち)教授
「その心配を解くために参りました。天城慧一、大学でフィジカルAIを研究しています。AIに“目と頭と腕”を持たせ、現場で安全に働かせる研究です」
鉄平
「教授さん。AIは口だけ達者な若者だと思っていたが、腕まで生えたのか」
教授
「口だけのAIは、画面の中で答えるAI。フィジカルAIは、カメラで見て、状況を考え、ロボットや機械を動かし、結果を確かめるAIです」
湊
「つまり、溶接なら“継ぎ目を見つける・条件を選ぶ・トーチを動かす・仕上がりを検査する”ところまでつながるんですね」
教授
「その通りです。世界では工場向けロボットの導入が増え、日本でも“少量多品種でも使えるロボット”へ研究開発が進んでいます。タブレットで教示する仕組み、三次元カメラで継ぎ目を探す仕組み、AIでビード外観を検査する仕組みも、すでに現場に入り始めています」
鉄平
「ほう。じゃあ、わしは明日から縁側で茶でも飲めるのか」
教授
「いえ。むしろ、鉄平さんのような人が一番必要です」
鉄平
「……今、ちょっといいこと言ったな」
教授
「ロボットが得意なのは、同じ形の部品を、同じ姿勢で、何度も溶接することです。けれど現場には、微妙なすき間、仮付けのずれ、材料のばらつき、急な仕様変更があります。そこを見抜き、“この音はまずい”“今日は熱を入れすぎるな”と判断する力は、まだ人の熟練が強い」
湊
「人型ロボットが何でもやる時代は、まだ先ですね」
教授
「ええ。今の正解は、人を丸ごと置き換えることではありません。鉄平さんの腕を、疲れない部分だけ機械に任せることです」
鉄平
「疲れない部分、か」
教授
「たとえば、毎月同じ本数が出る架台のすみ肉溶接。長い直線。重いワークを何度もひっくり返す作業。こういうものは、治具や回転台、溶接台車、あるいはロボットに向いています」
湊
「逆に、単発の修理、さびた部材、複雑な一点物、見た目が厳しい薄板TIG、最終の見極めは、父さんの担当に残す」
鉄平
「つまりロボットは弟子か。文句を言わず、同じところを何百回でもやる弟子」
教授
「優秀な弟子です。ただし、最初から一人前ではありません。安全柵、ヒューム対策、教示、品質確認、保守まで整えて、初めて働けます」
鉄平
「溶接の煙を吸ってまで働く弟子はいらんぞ」
教授
「そこは人にも機械にも同じです。アーク、スパッタ、火災、ヒュームの危険は消えません。“協働ロボットだから安全”ではなく、作業全体のリスクをきちんと見る必要があります」
湊
「父さん、僕が心配なのはそこなんです。高いロボットを買って、僕か父さんが一日中つきっきりなら意味がない」
教授
「その感覚は正しい。二人の工場は、立派なロボットを買う競争をしてはいけません。“二人と一台で、今までより儲かる仕事を増やせるか”で決めるべきです」
鉄平
「儲かる仕事、か。安い仕事を速くやるだけじゃ駄目だな」
教授
「はい。二人の町工場の強みは、安さではありません。“相談すると早い”“難しい仕事も逃げない”“急ぎでも品質が読める”という信頼です。AIとロボットは、その信頼を削る道具ではなく、守る道具にします」
湊
「じゃあ最初にやることは、ロボットのカタログ集めじゃない?」
教授
「まずは仕事を五十件ほど並べてみましょう。材質、板厚、継手、溶接長、月に何回出るか、段取り時間、溶接時間、手直し。写真も残す」
鉄平
「五十件? わしの頭の中に全部入っとる」
湊
「父さんの頭は最高のデータベースだけど、検索窓がないんだよ」
鉄平
「なんだと。検索窓なら眉間にある」
教授
「その頭の中を、湊さんと共有できる形にするのです。たとえば“このすき間なら電流はこれくらい”“この姿勢なら最初にここを仮付けする”。それを写真と短いメモで残す。AI導入の第一歩は、実は名人の知恵を見えるようにすることです」
鉄平
「わしの勘を、言葉にするのか」
教授
「ええ。ただし、勘を薄めるのではありません。次の人にも伝わる形に磨くのです」
湊
「そのデータを持って、メーカーやSIerに実物のワークで試してもらう。展示会のきれいなデモじゃなくて、うちの曲がった部材、すき間のある部材で」
教授
「すばらしい。見るべきは“溶接できたか”だけではありません。段取り替えに何分かかるか。仮付けが少しずれたらどうなるか。止まったとき誰が復旧できるか。外観検査のAIが何を見落とすか。特に外観AIは便利ですが、内部の溶込み不足まで万能に見抜くわけではありません」
鉄平
「そこはわしの目と、必要なら検査の出番だな」
教授
「その通りです。AIに任せる範囲と、人が責任を持つ範囲を分ける。それが強い工場です」
湊
「導入の順番はどうしましょう?」
教授
「私はこう勧めます。最初は、治具の見直しと回転台。次に、繰り返し品だけを対象にした簡単な自動化。三次元カメラやシームトラッキング、AI検査は、その後に実物で検証して足す。四足歩行ロボットや人型ロボットは――」
鉄平
「まだ見物席でいい、というわけだな」
教授
「ええ。船を造るような巨大工場では実証が進んでいますが、二人の工場が今すぐ買うものではありません。未来のニュースは見ておく。けれど、今日の投資は足元の利益で決める」
湊
「補助金はどうです?」
教授
「使える制度は確認すべきです。ただし、“補助金があるから買う”のは順番が逆です。追加で取れる粗利、残業や外注、手直しがどれだけ減るか。保守費を引いて、何年で回収できるかを先に出す。二人の工場なら、三年以内、できれば二年程度で見通せる案件に絞りたいですね」
鉄平
「よし。ロボットを買う前に、仕事を選ぶ。わしが教える前に、ロボットにも面接をする」
湊
「面接の質問、第一問。“曲がった部材でも文句を言わずに働けますか?”」
教授
「第二問。“止まったとき、湊さん一人で復旧できますか?”」
鉄平
「第三問。“わしより早くても、わしより雑なら不採用だ”」
三人が笑う。鉄平は、さっき溶接した部品を手に取る。
鉄平
「教授さん。AIが来ても、火花の色を見る仕事は残るか」
教授
「残ります。そして、鉄平さんの目がある工場ほど、AIは役に立ちます。AIは経験をゼロから作る魔法ではありません。良い現場の知恵を、繰り返せる力に変える道具です」
湊
「父さん。うちは“二人しかいない工場”じゃない。“二人だから、判断が速い工場”にしよう」
鉄平
「うむ。人間二人、機械一台。三人目の弟子には、まず同じすみ肉溶接から教えるか」
教授
「それが、いちばん堅実で、いちばん未来に近い一歩です」
工場の奥で、次の火花が小さく弾けた。
鉄平
「湊、タブレットを持ってこい。弟子の採用条件を、わしが入力してやる」
湊
「父さん、それは“プロンプト”って言うんだよ」
鉄平
「名前はどうでもいい。良い仕事をするなら、使ってやる!」
「三人目の弟子」の初日
一週間後。鋼田製作所の作業台には、写真付きの作業記録が並んでいる。
湊
「父さん、見て。先週受けた仕事を五十件、整理したよ。毎月繰り返す架台が十二件。そのうち、同じすみ肉溶接が多い仕事は四件あった」
鉄平
「ふむ。こいつは月に二十台。こっちは十台。だが、この部材は毎回ちょっとずつ曲がっとる」
湊
「さすが。表には出ないけど、父さんはそこまで見ているんだね」
鉄平
「曲がりを無視してロボットにやらせたら、立派な不良品を量産するだけだ。機械は真面目だからな」
教授
「大事な発見です。まず自動化するのは、“数が多い仕事”ではなく、“数があり、ばらつきも抑えられる仕事”です」
湊
「候補は、この架台の部品ですね。治具を作れば位置が決まる。溶接姿勢も安定する」
鉄平
「よし。じゃあ、弟子の初仕事はこいつだ」
湊
「まだ弟子、買ってないけど」
鉄平
「名前を決めれば、半分は採用したようなもんだ」
教授
「では導入前に、“弟子が働ける職場”を作りましょう。まず治具。次に、部品の置き方を一つに決める。そして溶接条件を残す」
鉄平
「条件は、電流二百二十、電圧二十三……いや、冬は少し違うな」
湊
「そこです。季節、板厚、すき間、姿勢も一緒に記録する。父さんの頭の中の“ちょっと違う”を、みんなで見られるようにするんです」
鉄平
「なるほどな。わしがいなくなっても工場が困らんようにするわけか」
湊
「父さんがいなくなる話じゃないよ。父さんが難しい仕事に集中できるようにする話」
教授
「人手が二人の工場では、名人が単純な繰り返し作業に縛られないこと自体が、大きな経営改善です」
鉄平
「よし。浮いた時間で、新しい取引先の難しい仕事を取る」
湊
「それです。ロボットで空いた時間を“手を休める時間”だけにしたら、投資は返ってきません。見積もりを早く出す。短納期に応える。試作品を増やす。そこに使って初めて利益になる」
教授
「まさにその通り。フィジカルAI時代の町工場は、“安く大量に作る工場”になる必要はありません。“難しい相談に、早く、確かに答える工場”になるのです」
鉄平は、タブレットに映る溶接ロボットの映像をじっと見つめる。
鉄平
「こいつ、腕は悪くなさそうだな。だが、まだ火花の顔は読めん」
教授
「だから鉄平さんが師匠です。AIは、見た映像や電流値から異常の兆しを探せます。でも、“この部品は客先が何に使うのか”“ここだけは絶対に失敗できない”という背景まで理解するには、人の経験が必要です」
湊
「AIに任せるのは、見ること、繰り返すこと、記録すること。人が担うのは、決めること、工夫すること、責任を持つこと」
鉄平
「それなら話は早い。三人目の弟子には、まず記録係もやらせよう。溶接した日時、条件、写真、不具合……全部残せ」
湊
「いいね。次に同じ仕事が来たら、“前回どうしたか”をすぐ探せる」
教授
「それが工場の財産になります。ロボット本体より、そこでたまる仕事のデータのほうが、長い目で見れば価値を持つこともあります」
鉄平
「データも財産か。昔は、腕と道具箱だけが財産だった」
湊
「これからはそこに、“父さんの知恵を残したデータ”が加わるんです」
鉄平は少し照れたように、溶接面を手に取る。
鉄平
「よし、湊。今度メーカーに来てもらえ。展示会みたいなピカピカの部品じゃなく、うちの一番厄介な架台を出すんだ」
湊
「はい。すき間あり、仮付けずれあり、段取り替えあり。逃げられない実技試験ですね」
鉄平
「合格なら弟子入り。不合格なら、教授さんに返す」
教授
「私は採用担当ではありませんが、その試験こそ正解です。現場の実物で試し、二人が納得してから始める。それが、小さな工場の一番強い進み方です」
鉄平
「湊、工場の看板も少し変えるか」
湊
「どう変えるの?」
鉄平
「『匠の技と、新しい知恵で、困ったをつなぐ工場』」
教授
「いい看板です。人の技とAIは、競争相手ではない。手を取り合って、次の仕事をつなぐ仲間なのですね」
工場に、再び溶接の火花が走る。今度の火花は、少しだけ未来を照らしているように見えた。
折乃笠 エンジニア魂に火が付いた感じです。
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