”人間らしく生きる”ために、先ず自身に必要なことは、自身の
”心””体””頭”を鍛えることと”人”を知ることだと思っています。

”人”を知ることは、本当に素晴らしいことだと思います。

是非、皆さんにも知っていただきたく、このシリーズを設定致しました。

人を知るって素晴らしい 今回はKaZu先生

KaZu先生は、小生の中学校2年3年時の担任の先生です。
国語を教えるおばさん先生でした。

数年前亡くなるまで、小生はほんと可愛がっていただきました。
よって今回は、感謝の気持ちを込めて手紙風で語らせていただきます。
個人的なブログになってしまい、すいません。

先生、覚えてますか?
先生が亡くなる少し前に、山梨石和にある養護施設に会いに行った日のことを。
先生はもう90歳を超えていました。残念ながらこれが最後の面会となりました。
先生は、車いすに乗って廊下をゆっくりこちらに向かってきましたね。
目と目が合った瞬間、あれと言う顔をされました。
その後、会話が始まってしばらくすると
「私が中学校の教師の時にきみちゃんって子がいてね。」
「フム、フム。」
「あなた、顔と声がきみちゃんそっくりね。」
「僕がそのきみちゃんですよ。」
「まっ!!」
僕は帰りの車の中で、中学校の教え子は数百人はいるだろうに僕のことを
覚えてくれていたことがとても嬉しくて、少々涙ぐんでしまいました。
国語は全くダメ、いたずらばかりしていた僕でしたが、
最後にほんとに素晴らしい思い出をありがとうございました。

中学校時代は、KJやKODがいて、クラスみんな仲が良くて
ほんと楽しかったです。
だいたい毎日いたずらをして先生に叱られるのが日課で、
お互い半分楽しんでいたようなところがありましたね。

冬の雪の日の放課後、皆で雪合戦した後、手が冷たくて
達磨ストーブに火を付けていたところを見つかった時は
さすがに本気で怒りましたね。
KJやKODと一緒に職員室に連れていかれ、教頭先生から
超痛いデコピンをされた記憶があります。

先生は、我々が度を越えた悪さをすると、涙を流して本気で叱ってくれて、
今となっては愛情豊かに我々を教育してくれたんだなと感謝しています。

僕は国語が大の苦手で、授業中に質問に答えられなくて、
よく立たされていましたが、となりの席の”みうちゃん”がいつも
完璧な答えをするのをただただ感心してみていました。
時々”みうちゃん”、難しい答えをして先生の様子を伺っていましたが、
先生がイラっとしていることがわかると、僕とKJはよく笑っていました。

そんな、国語の苦手な僕が高専受験の時、87点を採った時は、
僕のお母さんに「最後の最後、先生孝行をしてくれました。」
と涙を流して言ってくれたそうですね。

そんな僕は、今では世の中にエッセイを2冊出版することができました。
やっぱ、中学校の時の国語の授業のお陰ですかね。
ありがとうございました。

最後に僕の結婚の時、お祝いにいただいた自家製皮彫りを
貼り付けた壁時計の写真を掲載します。
いつも僕の部屋の壁にあり、励ましてくれています。
島田先生時計.JPG

コロナが落ち着いたら、3年2組のクラス会が開催されますが、
また先生の思い出話で盛り上がりたいと思います。

どうか、我々クラスメートをいつまでもあのあたたかい目で
見守っていて下さいね。

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